私が、業界に入った頃お世話になった会社は輸出向け普及品のピックアップを製造していた。
そのころ、時代はエレキギター自体に高品質を求めるようになってきていた。
当然、ピックアップにも要求されるようになり、できなければ注文自体減ってゆく。
そんな時期に私は首を突っ込んだ。で、納品先からはオタクのは「音が悪い」と言われて始まったピックアップ人生。
はじめは、何が良くて、何が悪いのかが分からない。
そうこうしているうちに、本物のレスポールカスタムをしばらく貸してもらえる機会が訪れた。
これを、輸出用レスポールもどき+ウチのピックアップ装着ギターと比べたら・・・アナタ全然違うじゃん。
お〜っこれが、本物の音、弾き心地!
理解!!
そこから、本格的にピックアップを改良することになったのでした。
で、まずNGだったのが高音のヌケ。金属カバーを外したときと被せた場合の音質差が大きく全く話にならない。
そこで、ギブソン・ピックアップを入手。
当時、社長のツテで金属材料を分析してくれる会社に成分分析を依頼。
それまで、カバーの材料は真鍮を使っていた。
そして分析結果から分かったのは本家は【洋白(ニッケル、銅、亜鉛合金)】を使ってるということ。
その成分表を元に、日本で相当する材料を入手。
これでサンプルを作ってもらい音出ししてみると、みごとにヌケが良くなってるじゃん。やったねっ。
ある時期から、ピックアップカバーを外して使う連中が増えてきたんだけど、あれには「外来ノイズを軽減する」という立派なお努めがあった。
そのころから、ハムバッキング・ピックアップではディマジオの影響を受け、中高級品でもアルニコと共にフェライトマグネットも使うようになってきた。
磁石自体のエネルギー積はアルニコの方が大きいのだけれど、フェライト(異方性・ウエットタイプ)磁石は任意にカットできるので、ピックアップの厚みさえ許せばアルニコより強磁界の、大きい出力のピックアップが組めた。
で、当然アンプに通した音も歪み易くなる。
しかし、歪まないセッティングで音出ししたら、なんか音が荒れてるんだよね。
(奇数次高調波が多いって感覚)
これ、なんとかしたいなあ・・・
で、思いついたのが、ピックアップカバーの下処理メッキで銅を使い、そのメッキ厚で音質をコントロールしようという試み。
エレキギターのピックアップカバーでは本来、銅(合金としてではなく)は高音域の周波数特性を著しく悪化させるので使うのはタブーなのだけれど、極薄い皮膜を付けることにより「暴れた音」を調整できないか?
メッキ時間(=メッキ厚)を調整したものを何種類も作り、音出し比較してみた。
結果、音のザラつき感が減少し聴きやすくなった。そこそこコントロールできたんだわ。
しばらく、これで出荷していた時期があった。
あるとき、大音量で弾くとGibsonに比べウチのハムバッキングピックアップはハウリングが起きやすいってことが問題になった。
確認してみると、原因はカバーの共振だということが分かったんだけど、さらに観察するとピックアップ本体とカバーの間の隙間が挙動を助長しているということが判明。
さてさて、どうしたモンか・・・
当初行った処置は、カバーを被せるとき間隙にシリコングリスを充填するという処置。
確かに効果テキメン、即効問題解決ということにはなったが、じゃあ何でGibsonはハウリング起こしにくいんだ?
そこでオリジナルのカバーのハンダを外してみると「パカーン」という音と共に本体から勢い良く外れる。
これは、カバーに圧力をかけてハンダ付けしていたから外れた瞬間にこんなことが起こったってこと。
しかも、カバーの表面を観察すると表面がほんの少し凹んでいる。
ここに圧力を掛けると、カバーとボビン表面が密着し応力がかかる。この状態で本体にハンダ付けすることによりハウリングが起こりにくくなっていた。
そこで、ウチのピックアップカバーのプレスの最終工程に1工程増やし軽い凹面を作ることにした。
当時のGibsonピックアップは楽器店で遠目に見てもそれが分かったけど、今のGibsinギターに付いてるピックアップはそうなっていない。はたして別のアイデアで解決しているのか? どうなんでしょう。
ハムバッキング・ピックアップの普及品はふつ〜のネジ(炭素鋼)を使って作っていました。
Gibsonのコピーを作るに当たり、もうウロ覚えなんだけど金属材料の成分分析をしてもらったとき、炭素分の少ない、純鉄を使っているらしいということで、早速手配して加工した。ただこれだけでは純鉄を使った意味が無いのでアニール処理というバラバラな磁気の方向を一定方向に揃える熱・磁気加工を施し、比透磁率を上げることを行った。
これによって、若干 周波数の高い成分が出てきて、いわゆるヌケの良い音になったみたい。
ただ、ここまで手を掛けた費用対効果を考えると、正直 なんだかなぁって印象だったような・・・
(今となっては、正確な記憶がない)
それとは別に、明らかな違いがあったのは、試験的にパーマロイでやってみた場合。
これは、比透磁率が純鉄よりも桁違いに高いので弾いたとき一発でOh!ってカンジ。
クリアで歪が少ない澄んだ音色。
ただし、ディストーション全盛の当時は、この音は時代が求めた音ではなかったんで、試作だけで終わったように思う。
最終的にこのタイプの10万円超えの製品にも使ってもらえたと記憶している。
最上位機種にはディマジオが使われていたがピックアップ単価はそれほどでもなかったやうな . . .
「音が違うんだよね」と言われても、磁石はアルニコVのインチ径に変更し、巻線をたウレタン被覆からエナメル線に替え、巻き線径だけはメートル規格とインチ規格の違いで全く同じではなかったが電気特性はほぼ同じ、含浸は蜜蝋で行い、基本事項としてピックアップと弦の距離はノギスで測り条件を等しくし、もう出来ることがなかった。
当時、音の比較にはこちらは量産品のボディに装着し、オリジナルと比較していたのだけれど、あるとき状態を同じくするために2台同時に弦を張り替えてアンプを通さずに生音で「ジャ〜ン」とやってみると、なんかだいぶ音色が違うじゃん。
その違いを頭に入れてアンプを通すと、オイオイ、まんま出てきてる。
試しにピックアップ付きのパネルごと入れ替えてみたら・・・
フェンダーの音 醸し出してるわ、ウチのやつも。
そこで次にしたのは、できるだけオリジナルに近いボディを量産品の中から探すこと。
これは、原始的なんだけど、塗装・バフ磨きまで終わってぶる下がっている50〜100本くらいのボディを拳でノックし、鳴りの近いものを探すという作業。ところが、なかなか同質の音に巡り合わない。結局それだけの中から「これならイケる」ってのは1本だけだった。それを現場で組んでもらい比較用として使うことに。
もちろん音比較では指板の材質やパネルの厚みも裸音で効いてきていたので揃えることにした。
結局、この先は木の材質をつめる必要があるということね。
木材が楽器になるまでは乾燥のために寝かしておく時間がとても長いため、一朝一夕には変えられない。
その先量産品がどうなったか私は知らない。
そこで一段落。
そうそう、林さん(後のアトランシア創業者)は木に聴診器当ててたなぁ。
追記:今は線材もアメリカから輸入しているんだね。これなら完成度の高いレプリカができる。でも、個人ならオリジナルピックアップ買った方が早いわ。
アレンビック・ベースにインスパイアされ作ったものがこれ。ただ、コンセプトは全く異なる。アレンビックの回路ではピックアップの信号とダミーコイルの誘導信号を反転加算して誘導ノイズ成分を相殺。
電子回路で入力段をバッファリングするので、ハイ落ちのない素直な音色になる。しかし、これだけだとエレクトリック・ギターとしては特徴のないつまらない音。そこで、その信号をパラメトリック・イコライザー的な色付けを派手に施していたのが当時のアレンビック・ベースと理解。
信号経路に何段もOPアンプが入るのでヒスノイズっぽい音も重畳されピックアップ自体のノイズは極力抑えられても 半導体からのノイズが乗るのは避けられない。
これに対し、ノイズを根本的に極限まで減らしてしまおうという考えで作られたのが後にBBサーキットと名付けられたSB-1000の回路。
当時はOPアンプの型番を削りプラスチックケースに入れた後エポキシ樹脂で充填し、まさにBlackBox化して出荷したのでした。BBとはBlackBoxのことです。
ピックアップのコイルはかなり巻いた。
この信号を増幅度0dbの差動増幅バッファに入れるんだけれど、ここでコンデンサとコイルの直列共振を利用してピークを作る。ここでは電圧の拡大という現象が起るので、実際には特定の周波数帯域で数dbの増幅がある。
電子回路は1段のみ。回路自体で増幅はしていないので、信号に乗るノイズは極小となる。
音色の設定は営業サイドの考えで 6トーンになったけれど、私個人としてはシンプルに 3トーンで良いと思った。
この回路の音の特徴は、ボディと相まってとにかくレスポンスが良い。指で弾いた瞬間にボンと音が前に出る。
セレクトスイッチをBrightにした設定では、フランジャーやフェイザー系のエフェクトを掛けた時にヌケの良い掛かり方をする。
2024年には復刻版が製造され世に出たとのこと。
https://discover.chuya-online.com/20240518/62653/
40数年以前に作ったものが現行機種として流通しているのは驚きです。
私が業界を離れてから海外有名ミュージシャンが「エンドース契約」ではなく使ってくれていたらしいのも嬉しいことでした。
エピソード:
あのころ 時期的にオリジナルのフラッグシップ・モデルがほしいって雰囲気はあった。
その当時 日本でも話題になっていたアレンビックのベースを ごく短期間マツモクが借りられたとのこと、こっちにも連絡が来たんで、そそくさとマツモクさんへ …
お〜 これってスタンリー・クラークが使ってるっ!・・・ で、ほんの少しだけ自分で音出しのチャンスを得られた。
このとき、医療機関にお願いしてボディー木部のレントゲン写真を撮ってもらったとのことで、リアルサイズのスケスケ内部写真みたいなのを見せてもらった。木工 設計責任者の林さんはネックの構造を興味深く観ていたような気がする。
これが発端となって、ボディはスルーネック、電子回路内蔵で作ってみようってなったような。
アレンビックはパラメトリック・トーンコントロール、低めのインピーダンスのピックアップを使っているみたいだった。ただ、増幅度を稼ぐため電子回路のヒスノイズのような熱雑音?が気になった。
これに触発され、逆張り真反対の線径 0.05mm 6000T巻線x 2のハムバッキング、かつ増幅しないバッファ兼共振回路で攻めることにした。
Aria ProⅡシリーズは荒井貿易の鈴木さんがトータルコーディネートしていた。彼は「楽器のコンセプト、基本設計から音決めの最終判断」まで深く関わっていた。(お世話になりました。m(_ _)m)
アレンビックのコピーモデルを作ることになった河合楽器製作所からピックアップの制作依頼を受けた。
ブリッジ側マイク、ネック側マイク、ノイズキャンセル用ダミーコイルの3個で1セット。
はじめは出荷台数がとても少なかったので、これを本家と同様に完全手作りで再現。
まず、オリジナルからアクリルで原型の複製を作り、これからシリコンで雌型を作製。
シリコン型は真空ポンプでしっかり気泡抜きをして作らないと、2〜3回使っただけで型内部表面に近い気泡が薄い幕を破って使えなくなる。
できた雌型の中に剥離剤をスプレーし、コイルとマグネットをアッセンブルしたものを吊り下げ底面から1.5mm浮いたところで固定。
ここに2液性のレジンを混合し充填。レジンも攪拌する時極力泡を作らないように注意。
しばしの発熱の後固化。
型から取り出した後ピックアップの表面の剥離剤を工業用エタノールで拭き取り、つや消しクリア塗装し完成。
この製作テクニックは後にKAWAIオリジナルベースギターを作るときにも転用できたのでした。
備品:ビーカー、温度計、精密天秤はかり、真空ポンプ、真空デシケーター、ビニール製の隔離囲い.
この時ばかりは部屋が理科の実験室みたいになったです。
(カタログを見ると¥211,000 . . . ワオッ! 半世紀近く前、国産でこの値付け。)
当時 家でピックアップを試作しチェックをしていたのだけれど、音の判断に繊細さを必要とする時は「朝食を抜いた午前中」に行うようにしていた。
この時間帯に空腹でいると、非常に感性が研ぎすまされ 呼気と吸気で音に対する感受性が違うのが体感できた。
空気を吸う時はハイまでしっかり聞こえ、肺から吐き出す時は高域の感度が下がる。
シビアな音の判断はこういう時に行った。
ストイックだったなぁ〜。
でも、楽しんでいた。
この先は持論。
可聴域外の音を感じる方法がある。
それは、音がダイナミックに変化している最中。
正弦波波形を一定の出力でスピーカーから出すような「静的な音」は、人間の可聴域として言われている20000Hz止まりなのだろうけれど、複雑な成分の周波数帯の音が時間と共にダイナミックに変化する場合、言葉に表せられない変化として認識できているんじゃないだろうか?
これは理屈抜きに、当時音出しチェックをしていた頃感じたこと。
たとえば、映像では顕著に表れる。
細かい点の集まりが静止画で抽象的に表せられている場合は、それが何を表現しているのか分からないけれど、これが ひとたび動き始めると容易に何が動いているのか判断できる。
だから、聞こえない=認識できないではない、と思う。
時空を隔てること40有余年。
70' 当時、ある現象に遭遇。
きっかけは弦の両端に、みのむしクリップを挟み、その信号線をアンプに繋いでみたら、とても小さい出力なんだけど弦の振動を拾ってる。
磁石も何もない状態での現象に初めは???
どうも地磁気が発電エネルギーの源みたい。
そして、磁石を弦に近づけてみると当然 信号は大きくなる。
といっても1mVオーダー。
問題は、鉄板エコーを介して響いてくるような、エレクトリックギターの音とは程遠いキンキン、ペタンペタンという いかにもピアノ線のナマ音ですって音色。
増幅してトーンコントロールでいじりたくともこの音じゃ煮ても焼いても食えない。
音の素性が違いすぎる。てなことで、永遠にお蔵入りか・・・
そして、オリジナル・ピックアップ システムを考え始めた ▶︎▶︎▶︎